はじめに
「会社オーナー家の相続対策は、できるだけ早めにやっておくのがベストです。でも、実際に相談をいただく時は、まるで外科医のように『もう手術しかない』というケースがほとんどなんです」
非上場企業の株式相続について、アーリークロス副代表税理士の小山寛史さんはこう話します。
企業オーナーの相続で最も頭が痛いのが、実はこの非上場株式の問題なのです。
現金に換えるのは難しいのに、評価額は数億円になることも。
相続税の支払いに困ってしまったり、後継者の兄弟間でもめたりするケースが後を絶ちません。
でも、早めに手を打てば対策の選択肢はまだまだあります。
会社をホールディングス化したり、退職金をうまく活用したり――。
企業の状況に合わせて選択できる方法は複数存在します。
実務の最前線で活躍する小山さんに、具体的な対策のポイントを詳しく聞いてみました。
非上場株式の相続
――非上場株式を相続する際の最大の問題は何でしょうか。
まず相続税の問題が大きいです。
非上場株式も当然、相続財産として評価額に応じた相続税がかかります。
特に長く続いている会社の場合、純資産が積み上がっているケースがほとんどなので、株式の評価額が数億円、場合によっては10億円、20億円という規模になることも珍しくありません。
――その評価額に応じた相続税を払わなければならないわけですね。
はい。ところが、これが大変な問題なんです。
評価額が高いのはいいのですが、非上場株式は上場企業の株式と違って簡単に現金化できません。
つまり、相続税を払うための現金が用意できないんです。「株式は持っているけれど、税金を払うお金がない」という状況に追い込まれるわけです。
――会社に現金があれば、そこから出せるのでは?
そうなんですが、多くの会社では相続税を払えるほどの現金は持っていません。
仮に会社の純資産が20億円あったとしても、その大半は事業用の不動産や設備、在庫などですから。でも、相続税は現金でしか払えない。
ここが非上場株式の相続における最大の悩みどころなんです。仮に相続税を賄える現金が会社にあったとしても、相続税のために会社から現金を引き出すことは資金繰りを圧迫することになりかねません。
――どのように対応したらいいのでしょう?
銀行からよく提案されるのが、新しい会社を作って株式を買い取るスキームです。
具体的には、後継者が新会社を設立し、その会社が銀行から借入れをして、現経営者の持つ株式を買い取る形です。
この方法には大きなメリットが2つあります。
1つは、創業者である現経営者が株式を現金化できること。
非上場株式は普通なら売れないのですが、この方法なら現金化が可能になります。
もう1つは、現在の株価(法人税法上の株価)で事業承継が完了するということ。
その後、株価が上がっても、株主は後継者となっているので相続税には影響しません。
この売却の際の株価は税法上いくらでもいいというわけではないので、売却する際には必ず株価算定を行うようにしてください。
みなし譲渡課税や法人税の受贈益課税など思わぬ税務上のリスクがありますので。
――新会社の借入金の返済は大変ですね。
その通りです。
返済の負担は確かに大きくなります。
ただ、相続時に大きな現金が必要になるのを避けられるというメリットとの比較になりますね。
それこそ銀行とよく相談しながら、会社の資金繰りを考えて進めていく必要があります。
――他にも問題はありますか。
はい。兄弟間の公平性の問題も深刻です。
例えば、長男が会社を継いで株式を相続し、次男は会社に関わっていないというケース。
この場合、株式を相続する長男と、何ももらえない次男との間で不公平が生じます。
オーナー家の相続では、この後継者と他の相続人とのバランスをどうとるかが重要になってきます。
一般的には、株を相続した長男が次男に対して現金で支払いをすることになります。これを専門用語で「代償分割」と呼びますが、ここでもまた現金の問題が出てくるんです。
結局は会社が後継者の持つ株式を買い取って、そのお金で相続税を払ったり、他の相続人への支払いに充てたりすることになります。
――結局、どこかで大きな現金が必要になるわけですね。
その通りです。
会社が株式を買い取る場合でも、数億円規模の現金が必要になることもあります。
借入金で対応するにしても、返済負担で会社の資金繰りが苦しくなる可能性が高い。そのため、できるだけ株価を低く抑える工夫が必要になってきます。
これは単なる相続税対策ではなく、会社の存続に関わる重要な問題なんです。
非上場株式の相続対策
――では、こうした問題に対する対策には、どのような方法があるのでしょうか。
いくつかの方法がありますが、比較的大きな会社の場合、まずホールディングス化という手法があります。
これは事業会社の上に持株会社を作って、間接的に株式を保有する形にする方法です。
――ホールディングスは最近よく聞きますね。そうすると株価に影響するんですか?
はい。株価の上昇を抑制させる効果があります。
ホールディングス化すると、事業会社の株式を間接的に保有することになります。
すると、事業会社の株価が上がっていく場合でも、その価値上昇分の37%を評価から控除できるんです。
つまり、会社が成長して純資産額が積み上がっても、その株価上昇を抑えられるわけです。
――成長事業を持つならホールディングス化は有利ですね。
これは「株式保有特定会社」という判定に関係します。
通称、株特(カブトク)と呼んでいますが、子会社株式の保有割合が50%を超えると、この判定を受けることになります。
カブトクになると、子会社の株価がそのままホールディングス会社の評価に反映されてしまう。
――例えば、どんな場合に50%以下になるんでしょうか。
例えば、土地などの資産を保有していれば、株式の保有割合が下がります。
ただし、これは慎重に検討する必要があります。
財産評価基本通達189では、相続直前にこうした調整をして株特判定を免れようとすることは、税務上否認するとはっきり書いていますので。
――ホールディングス化の他にも方法はありますか?
はい。会社の規模によっては効果的な方法もあります。
例えば中小企業の場合、死亡退職金の活用が有効なケースが多いです。
経営者が亡くなった際に、会社から遺族に対して支払う退職金を死亡退職金といいます。
これには2つの大きなメリットがあります。
1つは、会社の純資産の計算の際に死亡退職金を負債計上することができるので純資産額が下がり、結果として株価を抑えられること。
もう1つは、受け取る遺族側に相続税の非課税枠が使えることです。
具体的には、500万円に法定相続人の数を掛けた金額まで非課税になります。
――会社の評価額が下がることで相続税が減り、また現金を用意することもできるわけですね。事前に準備が必要なんですか?
はい、会社で死亡退職金の規程を作っておく必要があります。
ただ、規程さえあれば、予期せぬ事態が起きた時でも対応できます。
会社規模にもよりますが、1000万円や2000万円程度の退職金で十分な効果が得られるケースも多いんです。
――もっと小規模な対策はないのでしょうか。
種類株式を使う方法もあります。
例えば、親が1%だけ株式を保有して、その株式に強い拒否権をつける。
残りの99%は子供が保有するという形です。
こうすることで、株価が低いうちに次世代に財産権を移転できます。
――経営権は手放したくないという経営者も多そうですね。
「財産権は渡すけれど、最終的な決定権は自分が持っている」という状態を作れるのが、この方法です。
ただし、種類株式の設計は慎重に行う必要があります。
議決権の有無は評価額にほとんど影響しませんが、その他の権利関係はしっかり詰めておく必要があるんです。
おわりに
――早めの対策が重要なんでしょうか?
その通りです。
税金を払うにしても、代償金を払うにしても、結局は会社からお金を出すことになります。
相続税が高額になれば、その分だけ会社の財務に大きな影響を与えることになる。
だからこそ、会社の株価自体をあらかじめコントロールしておくことが重要なんです。
私の経験では、高くなった株価を抱えた会社から「何とかしてほしい」と相談を受けることが多いんです。
まるで外科医のように呼ばれるわけですが、その時にはもう選択肢が限られてしまっている。
事前に計画を立てて対策を打っておけば、いろいろな選択肢が取れたのにと思うケースが少なくありません。
――相続なんてまだ先だと思わずに、専門家に相談するといいわけですね。
はい。会社の規模や状況に応じて、使える対策は変わってきます。
これから会社を設立する場合なら、最初から子供を株主にしておいて議決権のない株式にするとか、純資産が積み上がっていく前にホールディングス化を検討するとか、退職金の規定を整備しておくとか。
いろいろな選択肢があるうちに、専門家に相談して対策を考えていくのが望ましいですね。
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